大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2629号 判決 1970年6月27日

原告 小倉やす

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 真野毅

同 水野東太郎

同 荒井秀夫

同 岡野謙四郎

同 藤井暹

同 日下文雄

同 鈴木富七郎

右藤井訴訟復代理人弁護士 永見和久

被告 松原利惣

右訴訟代理人弁護士 金原政太郎

主文

被告と原告らとの間の東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)第八〇三一号建物収去土地明渡損害金等請求事件の執行力ある判決正本に基く別紙目録記載の物件に対する強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

当裁判所が本件につき昭和四二年三月二〇日した強制執行停止決定を認可する。

前項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同趣旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の主張)

第一請求の原因

一1  被告から原告らに対する東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)第八〇三一号建物収去、土地明渡損害金等請求事件(東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第一二三八号、最高裁判所昭和四二年(オ)第六五二号)判決において、原告小倉やすら四名は被告に対し別紙目録記載(二)の建物を収去して、原告会社は右建物から退去して同目録記載(一)の土地を明渡すべきことを命ぜられている。

2  右判決にいたった経緯は次のとおりである。すなわち、

(一) 原告会社を除くその他の原告小倉やすら四名の被相続人亡小倉清吉は昭和一〇年八月一日訴外下平藤吉から建物所有の目的で、期間二〇年の約束で、別紙目録記載(一)の土地を賃借し、同地上に建物を建築所有してきたが、昭和二六年一月三一日小倉清吉の死亡により右原告小倉やすら四名が共同相続し右賃借権を承継した。

なお、その間右建物は数次の改築を経て別紙目録記載(二)の建物となった。

(二) 被告は昭和二二年五月一五日右建物の敷地三〇坪余を含む五六坪四合を右下平から買受けて右賃貸人たる地位を承継した。

(三) 被告は、右賃貸借期間が満了した昭和三〇年七月末自己使用の必要を主張して右賃貸借の更新を拒絶して、東京地方裁判所に対し、賃貸借期間満了による賃貸借の終了(原告小倉やすら四名)ならびに所有権にもとづく妨害排除(原告会社)を原因として原告らに対し前記訴訟を提起した。原告らは被告の自己使用の必要性、賃貸借契約の終了を争ったが、昭和三九年四月三〇日原告ら敗訴の判決があり、右判決は昭和四二年九月五日確定するにいたった。

二1  前記原告ら四名は第二審判決言渡の翌日である同年三月一七日書面により借地法第四条にもとづき、時価金五〇〇〇万円を以て右建物買取請求の意思表示をし、右意思表示は同日被告に到達した。

これによって右建物は右原告ら四名の共有から被告の所有となり、右原告らは右建物の売買代金の支払あるまで右建物を留置する権利を有するにいたった。

2(一)  原告会社は、昭和四一年八月一日訴外小倉誠から同人の原告小倉やすら四名に対する左記賃借権を譲受け、昭和四一年一二月二一日その旨の登記を経由した。

賃貸時期 昭和二五年八月一日

賃貸人  小倉清吉(同人死亡後右原告小倉やすら四名において承継)

期間   五〇年

(二)  右原告らの右買取請求によって被告が賃貸人たる地位を承継した。

三  よって、被告の前記判決にもとづく建物収去建物退去、土地明渡の強制執行は許されないので、その排除を求める。

第二答弁

一1  原告主張の一の1の事実は認める。

2  同一の2の事実は認める。

なお、原告小倉やすら四名に対する訴訟は後記のとおり第一次的に賃貸借期間満了を理由に、第二次的に原告らの賃料不払を原因とする賃貸借契約解除を理由とするものであったところ、第一次請求が認容されたものである。

二1  同二の1の事実のうち原告主張の買取の意思表示がなされたことは認めるが、その他の事実は否認する。

2  同二の2の事実のうち原告主張の登記がなされていることは認めるが、その他の事実は争う。被告は本件建物の買取義務を負うものではないから原告会社主張の賃借権はこれを被告に対抗しえない。

第三抗弁

一  前記原告ら四名は昭和三〇年一月一日から同年七月末日までの本件土地の賃料(月額金三、七九八円)を支払わなかったので、催告を要しないで解除できるとの特約にもとづき、同年八月一日付(四日到達)の書面により期間満了による契約終了の通告に併せ、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしており、右原告らは建物買取請求権を有しない。右解除の事実がある以上前訴において前記期間満了を理由に判決がなされたとしても右のように解される。

二  仮りに、原告ら主張の買取請求権があったとしても、右権利は時効によって消滅している。すなわち、

1 買取請求権は一種の形成権であるが、その行使は債権関係に異らないのであるから、債権と等しく一〇年の時効期間の経過によって消滅するものである、したがって、前記賃貸借期間が満了し、右原告らが買取請求権を行使することができるにいたった昭和三〇年八月一日から一〇年を経過した昭和四〇年八月一日を以て右買取請求権は時効によって消滅した。

2 そうでないとしても、右原告らが前記建物収去土地明渡請求訴訟の訴状の送達を受けた昭和三一年六月二日から一〇年を経過した昭和四一年六月二日時効により消滅したものというべきである。

第四抗弁に対する答弁および再抗弁

一1  被告の抗弁事実一は否認する。

賃料不払による契約解除は第二次的な請求原因であったので、この点については特に審理はなされず、審理は専ら契約期間満了に際しての更新拒絶の正当事由の有無についてなされたのであるから、前記訴訟において、その点が主張されていたとしても、前記原告らの買取請求権になんら影響を及ぼさない。

2  従来賃料は長期にわたって、数ヶ月分づつまとめて支払っていたところ、突然被告は昭和三〇年八月一日付書面で更新拒絶の意思表示をし賃貸借の終了を主張してきており、そのころ前記原告らが未払賃料を持参提供しても受領を拒絶することが明らかであったので、提供しなかったのであって、右原告らに被告主張の債務不履行はない。

のみならず、被告主張の催告不要の特約は当初から例文であるか、そうでなくとも、契約後例文化していたもので、催告なくしてした契約解除の意思表示は効力を生じない。

3  仮りに、被告主張のように当時右原告らに賃料不払があって、被告について催告を要しない解除権が成立していたとしても、右解除権は、昭和三〇年七月三一日賃貸借期間満了による賃貸借契約の終了と同時に消滅し、被告が右解除権を行使した昭和三〇年八月四日当時には被告主張の解除権は既に存在しなかったのであるから、本件賃貸借契約が賃料不払を原因とする契約解除によって、終了したことを前提として原告ら主張の買取請求権を否定することはできない。

二  同二の事実は否認する。

1 買取請求権は形成権であって、民法第一六七条第二項にいうその他の財産権に該当するのであるから二〇年の時効期間の経過によって消滅するものである。

訴訟の実際に照らしても、正当事由の存否が争われるときは訴訟が一〇年以上にわたることが珍らしくないのに、時効期間を一〇年とするときは、賃借人は正当事由の存在を肯定した形をとり予備的に買取請求の主張をせざるをえなくなり、訴訟の実情に適合しなくなる。

2 そうでないとしても、時効の進行の開始は、更新拒絶の正当事由の存否の判断が確定したとき又は早くともその判断が示されたときと解すべきである。けだし、買取請求権は更新拒絶につき正当事由が成立しなければ発生しない関係にあるから、正当事由の存否が正面から争われている状態においては、従前の賃借人は買取請求権を当然に否定しており、その裁判が確定するか、早くとも、最初これについて判決がなされ土地明渡の執行権が具体化する以前においては未だ民法一六六条第一項の「権利を行使することを得る時」に当らない。ちなみに、借地法四条は「借地権者ハ契約ノ更新ナキ場合ニ於テハ」と定めており、「契約の更新が拒絶された場合に於ては、」としていないから、更新拒絶の正当事由が争われているかぎりその意思表示があったとき直ちに行使しうるにいたるものではなく、賃貸人の建物収去土地明渡の具体的執行権の確定したとき行使しうるにいたると解すべきである。したがって、時効期間の起算点を被告主張のように更新拒絶の意思表示又は建物収去土地明渡の訴状が送達された時点と解することはできない。

本件の場合東京地方裁判所が被告勝訴の判決を言渡したのが昭和三九年四月三〇日であり、これが確定したのが昭和四二年九月五日であるから、昭和四二年三月一七日行使当時原告の買取請求権が時効によって消滅する理由はない。

三  仮りに、時効によって消滅したとしても、一般に時効にかかった債権は積極的に強制執行をする力を有しないが、これによっても、相殺としての形成権行使は妨げられず、これによって相手方の債権の行使を妨げることができる。本件において原告らが訴訟によって主張するところは被告の強制執行に対し買取請求権行使の結果生ずる代金債権の支払あるまで同時履行の抗弁権により本件建物を留置しその明渡を拒否するにあって、積極的に代金の支払を求めるものでないからなお、権利行使は許されると解すべきである。

第五再抗弁に対する答弁

一1  原告主張の第四の一2の事実は否認する。もっとも、被告は数ヶ月遅滞した賃料を受領した事実があるが、右は原告らの経済事情をくんで好意的にしたにすぎない。

催告不要の特約は公正証書に明記した主要な契約条項であって、例文ではないし、例文化した事実もない。

2  同一の3は否認する。

二  同三の主張は争う。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因事実一の1、2については当事者間に争がない。

二  同二の1に記載する原告主張の建物買取請求の意思表示がなされたことは当事者間に争がない。

三1  ≪証拠省略≫によれば、原告小倉やすら四名と被告との賃貸借においては毎月五日前月分の賃料を支払う約束であることが認められるところ右原告らが昭和三〇年一月一日以降同年七月末日までの賃料を現実に支払わなかったことは右原告らの自認するところ、右当初の契約にかかわらず、その後原告主張のように数ヶ月分を一括支払う合意がなされたことについてはこれを確認するに足る証拠はなく、≪証拠省略≫によっても、これを認めるに足りない。

2  借地法第四条第二項の規定は誠実な借地人保護の規定であるから、単純な賃貸借期間満了による終了ではなく、借地人の債務不履行によって土地賃貸借契約が解除され、これによって契約が終了した場合には借地人は同条項による買取請求権を有しないと解すべきことは被告主張のとおりである。

しかしながら、本件においては、前記のとおり、原告小倉やすら四名と被告との間は前訴において期間満了による賃貸借契約終了を原因とする建物収去、土地明渡義務が確定したのであり、≪証拠省略≫によれば被告の解除権行使およびその意思表示は右確定した賃貸借終了後の昭和四〇年八月三日(四日到達)のことである(被告の主張は、更新前の債務不履行を理由に更新後の賃貸借契約解除を主張することになる)から、直ちに右判決にかかわらず賃貸借契約が解除によって消滅したものとして右と同一に解することは困難である。≪証拠省略≫によって明らかなように、被告が前訴において、その選択によって第二次的請求原因として右賃料債務不履行を主張したとしても、直接これが認容されたわけではないから、(更新拒絶の正当事由の一部として認容されても)右によって結論を異にするものではない。

賃借人に期間満了前債務不履行があるのに、賃貸人がこれを原因とする解除を主張することなく(又は第二次的にのみ主張し)契約期間満了による消滅を主張し、これが裁判上認容されて確定したにもかかわらず、その後買取請求権の行使を理由とする請求異議訴訟にいたって、債務不履行にもとづく契約解除を主張することは、同一当者間の前訴において請求原因として主張され、これが認容され、明渡義務が確定した期間満了による契約終了とは別個の原因による終了を主張し、再び争うことになる。

また、右建物買取請求権が誠実な借地人の保護を目的とするものであることから、いささかでもこれを欠く借地人に対しては右の権利を否定することができるとするならば、単純に契約違反の事実のみを把え、それが現実に問題となる賃貸借契約終了との具体的関連を切り離し、単に抽象的に制裁的見地から買取請求権を否定することになり、借地法の趣旨に合致しないものと考えられる。

したがって、本件の場合被告が債務不履行にもとづく契約解除を主張して原告小倉やすら四名の買取請求権を否定することはできないものというべきである。

四  そこで、買取請求権の時効による消滅につて検討するためまず時効の起算点について判断する。

消滅時効は権利を行使することを得る時から進行するところ、借地法第四条第二項の買取請求権の場合同条第一項による「契約ノ更新ナキ場合」にこれを行使できることになり、その時から消滅時効の進行を開始するのであるが、第一項に定める更新拒絶につき正当の事由を有するかどうかは両当事者の側の諸事情の比較のうえに判定されるものであって、その性質上客観的に自ら明らかなものとはいえず、賃借人において、これを抗争するかぎり、契約更新の有無は訴訟上の確定をまたねばならず、その間これと相容れない買取請求権の行使ができないのが通常であるから、契約期間満了時における賃貸人の更新拒絶の意思表示があった場合それが直ちに「契約更新ナキ場合」に当り、賃借人において買取請求権を行使できるものとすることはできない。訴訟上賃借人が便宜進んでこれを予備的に主張することはできるとしても、常に右のような権利行使をすべきであるとする根拠は見当らないから、右の理由で前記結論を動かすことはできない。

そうすると、その間賃借人の買取請求権の行使は法律上の障害がある場合に該当するものとみられ、消滅時効は進行を開始せず、賃借人が敗訴したときから進行を開始すると解するのが相当である。

そうであるならば、前記判決の確定の時からはもとより、原告の主張する第一審判決の言渡がなされた昭和三九年四月三〇日から時効の進行が開始するとしても、原告小倉やすら四名が買取請求の意思表示をした昭和四〇年三月一七日(同日被告に到達)当時までの間には被告の主張する一〇年の時効期間も経過していないことは明らかである。よって、被告の主張は採用できない。

それならば、原告小倉やすら四名の前記買取請求権の行使により、建物の所有権は被告に移転し、右原告小倉やすら四名は時価による建物の代金請求権を取得し(右建物の引渡しにつき右代金の支払と同時履行を主張しうる。)、建物の収去、土地明渡義務は消滅する(なお、右原告らは本件建物を使用していないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、建物退去土地明渡義務を負わないものとみられる)のであるから、これを命じた前記確定判決はその執行力全部を失ったと解すべく、右判決にもとづく強制執行は許されないというべきである。

五  ≪証拠省略≫によれば、原告会社が、本件建物につきその主張の経緯でその主張の賃借権を原告小倉やすら四名に対して有し、その旨の登記をしていたことが認められる(右登記の事実は当事者間に争がない)ところ、(前訴において前賃借人小倉誠は右賃借権を被告に主張できなかったが、その後)右原告らの前記建物買取請求権の行使によって、被告が右賃貸人たる地位を承継し、原告会社は右家屋の賃借権を以て被告に対抗しうるにいたり、被告は原告会社に対しこれに伴う敷地利用を許容すべき義務を負うにいたったものというべきである。したがって、被告の原告会社に対する右判決にもととづく建物退去土地明渡しの強制執行もまた許されないものというべきである。

六  よって原告らの請求はいずれも正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、強制執行停上決定の認可およびその仮執行宣言につき同法第五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺卓哉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例